私が望んだのは、つねに実在する者に関わることだった。つまり、場所と日付を付与し得ること、もはや何も語らない氏名の背後、大体において誤認や虚偽、不当、誇張となりがちなそれらの敏速な語群の背後に、ともあれ確実にそれらの語群が示しているものの背後に、生き、死んでいった者たち、苦悩や悪意、嫉妬、怒号が存在したこと。それ故私は、空想や文学となりうるものを一切排除した。空想や文学が発明しえた如何なる暗黒の主人公も私には、本書に現れる激怒や醜聞、惨めさに塗れた者たち、靴屋や脱走兵、装身具の女行商人たち、公証人、浮浪僧といった者たちほどに緊迫した強度を感じさせない。そしてそれは、おそらく、彼らが実在したことを私たちが知っているという事実のみに由来するのだ。同じく私は、メモワールや思い出、点景素描であるような文章もすべて排除した、それらは、現実を描いてはいても、現実との間にまなざし、記憶や好奇心、あるいは楽しみといった距離を保っているからである。私はそれらのテクストが現実とある関係を、より正確に言うと出来るかぎり多くの関係をつねにもつように留意した。テクストは現実に依処するだけではなく、現実に作用を及ぼすものだからである。それらは現実のドラマトゥルギーの一場を、復讐の用具、憎悪の武器を、戦いのエピソードを、絶望或いは嫉妬、哀願或いは命令の仕種を形成しているのである。私は、他のどれよりもよく現実に忠実であるような、その再現的価値故に取っておくに値する文書ではなく、何よりも、その文書が語る現実の中で或る役割を果たし、逆に、記述が不正確だろうと誇張されていようと偽善的であろうと、現実に貫かれているテクストを捜そうとした。それ自身が、その一部となっている現実の断片を引き連れているようなディスクールの断章を捜そうとした。読者がここに読まれるだろうものは、ポートレートの束ではない。それらは罠であり、武器であり、叫びであり、身振りであり、態度表明であり、策略であり、陰喋なのであり言葉ほその道具となっている。現実の人生はこうしたいくつかの文の中に《演じられ》ていた。それらの人生がそこに造形されていると言いたいのではなくて、実際上、彼らの自由、不幸、しばしば彼らの死、彼らの運命が、少なくとも一部分が決定されてしまっていると言いたいのだ。それらのディスクールは現実として彼らの人生と交差している。彼らの人生は事実上その言葉の中で脅かされ、その言葉の中に消え去っているのである。
私はまた登場人物たちが世に埋もれた者であることを望んだ。彼らが如何なるきらめきによっても前もって素地を与えられていない者たちであり、確立し認められた如何なる偉大さ------血統、財産、聖性、英雄性、或いは才能といった偉大さを一切付与されていない者たちであること。何の痕跡も残さずに消え去って行くことを運命づけられた他の無数の人々に属する者たちであること。彼らの不幸、パッション、その愛や憎悪の中に、ふつうなら語るに値すると判断されるものと照らし合わすと、ぱっとしないありきたりのものが存在すること。とはいえ、それらの生は或る種の熾烈さに貫かれていること。彼らに生彩を添えるのが、悪意、卑劣さ、下劣さ、頑迷さ、不運における暴力、エネルギー、過剰であり、そうしたものが彼らの周囲の目には、その周囲の凡庸さに応じて、彼らに一種の恐るべき、あるいは哀れをさそう偉大さを付与していること。私は、それ自体極めて矮小で見分けるのに難いものであればあるほど大きなものとなっていくエネルギーを付与された、こうした類の量子群を捜そうと出発したのである。
それらの粒子の何ものかが私たちに届くためには、しかし、少なくともほんの一瞬、それらを輝かせる光の束がやって来なければならなかった。別の場所からやって来る光。それがなければ、彼らは夜の中に潜み続けていることが出来たろうし、おそらくつねにその中にとどまっていることが彼らの定めでもあったはずの夜から彼らを引き離す光、つまりは権力という光との遭遇である。権力との衝突がなければ、おそらくそれらの束の間の軌跡を呼び起こす如何なる言葉も書かれることはなかったに違いない。彼らの生を狙い、追跡し、ほんの一瞬に過ぎないにしても、その呻き声や卑小なざわめきに注意を差し向けた権力、そして彼らの生に引っかき傷の一撃を記した権力、それこそが、私たちに残されたいくつかの言葉を励起したのである。あるいは告発し、苦情を述べ、嘆願をするべく人は権力に訴えることを望んだ。或いは権力が介入することを欲し権力はわずかな言葉をもって裁き決定を下した。あらゆるディスクールにも触れることなくその下方を通り過ぎて行き、一度も語られることなく消え去って行くことを運命づけられていたこれらの生は、権力とのこの一瞬の接触点においてのみ------短い、切りこむような、しばしば謎めいた------その痕跡を残すことが可能になったのだ。従って、これらの生を、《自由な状態》においてそうであったかもしれない姿、それ自身の姿において捉え直すことなどおそらく永久に不可能である。出来ることと言えば、権力の戯れと権力との諸関係が前提とする宣告や戦術的な片寄り、命令的な虚偽の中に囚えられたものとしての姿を標定し得るだけなのだ。
こう語る声が聞こえる。あなたはまたもや、一線を超えることも向こう側に出ることも出来ず、よそから或いは下方からやって来る言葉(ランガージュ)を聞き取ることも聞き取らせることも出来ない。いつもいつも同じ選択だ、権力の側に、権力が語り語らせることの側についている。何故、この生を、それらが自分白身について語る場所において聞き取ろうとはしないのか?しかし、まず、もし仮にこれらの生が、或る一瞬に権力と交錯することなく、その力を喚起することもなかったとすれば、暴力や特異な不幸の中にいたこれらの生から、一体何が私たちに残されることになったろうか?結局のところ、私たちの社会の根本的な特性の一つは、運命が権力との関係、権力との戦い、或いはそれに抗する戦いという形を取るということではないだろうか?それらの生のもっとも緊迫した点、そのエネルギーが集中する点、それは、それらが権力と衝突し、それと格闘し、その力を利用し、或いはその罠から逃れようとする、その一点である。権力と最も卑小な実存との間を行き交った短い、軋む音のような言葉たち、そこにこそ、おそらく、卑小な実存にとっての記念碑(モニュメント)があるのだ。時を超えて、これらの実存に微かな光輝、一瞬の閃光を与えているものが、私たちの元にそれらを送り届けてくれる。
要するに私は、世に知られることなき人々の伝説のために、これらの人々が不幸或いは激怒の中で権力との間に交わしたディスクール群に発して、幾つかの基礎原基を集めてみたいと思ったのである。
《伝説》、と言うのは、あらゆる伝説の中でと同じように、虚構と現実との或る種の曖昧さが産出されているからである。しかし、それは、逆の理由で生産される。伝説的なるものは、その現実の核が如何なるものであるであろうと、結局のところ人がそれについて語ることの総和以外のものではない。伝説はその栄光を伝える者たちが実在したかしなかったに関しては無関心である。その者が実在していた場合には、伝説はその者を夥しい奇蹟で覆い、あり得難い夥しい事跡で美しく彩り、その結果、まったく、或いはほとんどその者は、生きていたようにはには思えないものになってしまう。そしてその者が完全に想像上の架空の人物である場合には、伝説は彼を巡って沢山の強烈な物語を伝えるので、その人物は実在したかもしれないだれかの歴史的な厚みを帯びることになる。後に読者が読まれることになる本書のテクストにおいても、これら男女の実在は彼らについて語られたことに還元される。彼らが如何なる者であったのか、如何なることを成したのかは、数行の文以外の何ものも残っていない。ここでは、フィクションと現実を均衡させているのは、冗長さではなくてその希薄さである。歴史の中に存在した訳でもなく、諸事件の渦中や歴史的重要人物たちに立ち交じってはっきりとした役割を果たした訳でもなく、自らの周囲に参照されるかも知れないような如何なる痕跡も残してはいない彼らは、これらの言葉のかりそめの住処以外に一切の実在の場所を持たないしこれ以降も持つことはないであろう。そして、彼らについて語るこれらテクストのおかげで彼らは私たちのもとにまで届けられたのだが、その実在性は、かの『黄金伝説』*や冒険小説に語られた者たち以上の現実性の証拠を持っている訳ではない。この言葉による純粋な実存はこれらの不幸者、極悪人たちを半ば以上虚構の存在とし、彼らはその純粋宣言語的実存を、ほとんど完膚なきまでの消滅と、彼らについて語った或いは彼ら自身が発したわずかな言葉をたまたま見出された古文書によって生き延びさせるという幸運あるいは不運に負っている。闇の伝説、しかしそれはとりわけ潤いに欠ける伝説であり、或る日語られたことと、ありそうもない出会いがそれを私たちの元にまで保存して来たということに尽きる。
そこにこの闇の伝説の別の特性がある。それは、継続する道程を追いながら、何かしら奥深い必然によって黄金に彩られた類の伝説のように伝えられてきたわけではない。性質上、その伝説は伝承なきものである。すなわち、切断、消滅、忘却、交錯、再出現、ただそれらのものだけによってそれは私たちに届いたのである。偶然性がそれを事の始めからとらえている。まず、状況のいたずらによってまったく思いもよらないことに、権力の視線とその怒りの閃光が、もっとも世に埋もれた個人に、その暗愚な生、結局のところかなり平凡なその過ちの上に引きつけられる必要があった。おそらくはあらゆる無秩序を消し去ることを運命づけられた責任者たち、或いは制度の警戒のまなざしが、別の者ではなくてこの者たちに、つまりは醜聞の僧侶や追い出された女、度し難い酒乱男、喧嘩早い商人にであって、彼らの傍らにいて彼らと同じく騒乱をかき立てていたかもしれない別の者たちに注がれなかったのは、ほとんど偶然の戯れだったのである。そしてそれについで、消え去ってしまったり散逸してしまった夥しい文書の中から、他でもないこの文書が私たちのもとに届き、見出され、読まれることが必要だった。かくして、これら何の重要性も持たない人々と彼ら以上に重要性を持っている訳ではない私たちの問には、出会う如呵なる必黙性もなかったのである。闇の中から、他の者たちではなく彼らが、その生と不幸を纏って浮かび上がって来たことを蓋然化するものは何もないのだ。お望みなら、その偶然の出会いに一つの復讐を見て取って楽しんでみようか。すなわち、或る偶然の機会が、夥しい死者の中からそれら絶対的に栄光なき者たちが飛び出しまた動き出し、いつもながらの激怒と懊悩、御しがたい頑迷さを表明することを許し、そしてその機会とは、権力の煌めきが彼らの慎みと無名性にもかかわらず、とるに足りぬ、無名の者たちの上に注がれてしまったという間の悪さ(マルシヤンス)に対する償いを可能にするのだ、と。
あたかも実在しなかったかのような生、それらをただ無化させ、或いは少なくとも消し去ろうとしか望んでいなかった権力との軋む衝突からしか生き延びることのできない生、幾つもの偶然の効果によってのみ私たちのところに届けられた生、ここに私がその幾つかの残留物を集めてみたいと望んだ汚辱に塗れた生、がある。贋の汚辱の生と呼ぶべきものが存在する。それはジル・ド・レ、ギイェリイ或いはカルトゥーシュ、サドやラスネールといった、恐怖と醜聞に満ちた面々がその名に浴している類の汚辱である。彼らが残した忌まわしい記億、彼らに帰せられた悪行の数々、彼らが巻き起こした尊敬すべき残酷さ、それ故に彼らは見たところ汚辱に塗れた者たちではあるが、高名の理由が人々を偉大となす、あるいはなすに違いない理由とは逆のものであっても、実際上彼らは偉大な伝説の者たちなのである。彼らの汚辱は、普遍的な《有名性 fama》の一様態に他ならないのだ。しかしあの背教修道士、見知らぬ街路に彷徨うあの哀れな魂たちは、文字どおり無名の汚辱に塗れた者たちである。彼らは、永遠に人間の記憶に銘記されるに値しないものとする幾つかの言葉によってしか、もはや存在しない、そして、それらの言葉、ただそれらの言葉のみが残されるにいたったのは、偶然の采配によってだけなのである。今にいたっての彼らの現実への回帰は、彼らをこの世界から追放した形式自体の中においてなされる。彼らにそれらの語以外の顔を求めても無駄であるし、或いは、彼らに別の偉大さがあるのではないかと思っても無駄である。彼らは、それによって人が彼らをうちひしごうとしたもの以外の者となることはない。それ以上でも以下でもないのだ。これが厳密な意味での汚辱であり、いかがわしい醜聞やひそかな賛嘆すら混じえられることなく、如何なる類の栄光とも妥協することのない汚辱である。